プロフィール


畠山 彰子

(はたけやま あきこ)

 

 

武蔵野音楽大学音楽学部器楽学科ピアノ専攻卒業

吉田よし・世川岬子の各氏に師事。

元英国王立音楽院学長フランク ウィボウ氏 マスタークラスレッスン受講

元ヤマハ音楽教室システム講師

有隣堂ミュージックサロンピアノ講師

「樟の会(吉田よしと門下生 10人のピアニストの会)コンサートを開催・出演

RAD(英国ロイヤルアカデミー オブ ダンス)バレエグレード伴奏ピアニスト

PTNA(ピティナ)全日本ピアノ指導者協会会員

音符ビッツ認定講師資格講座を修了

 

 

 音大に入るまで 

3歳の時にお家にピアノがやってきました。

4歳でヤマハ音楽教室に入会。

このころクラシック音楽全集のレコードが家にあり「口笛吹きと子犬」がヘビーローテーション。

5歳で個人的に教えていただくため、先生のお宅へ通うようになりました。

6歳で東京から横浜へ引っ越し、大好きな島村洋子先生と出会います。

島村先生は私を可愛がってくださって、同時期に習っていた一つ違いの姉と発表会で連弾をさせてくださったりピアノを弾く楽しさを教えてくださいました。

6年生の頃には地元の合唱団に入り、中学でもコーラス部に所属したり友達とギターで弾き語りの真似をして遊んでいました。

高校生になる前の長い春休みに暇だったのでピアノばっかり弾いていたら当時習っていた先生から「音大行きたいの?」と訊かれ、「行けるもんなら行ってみたいなぁ」と音大を目指すことになりました。

そして高1の9月から吉田よし先生に教えていただくようになりました。吉田先生とはそれからのお付き合い。いまだに教えていただくことばかりです。

3年みっちり鍛えていただいて武蔵野音楽大学に晴れて入学!

大学でもリコーダーアンサンブル部や合唱研究部で音楽三昧の日々でした。ピアノも自分なりには頑張っていましたが...。

うちの大学は音大にしては学園祭が盛大で、模擬店でカフェを開いてそこで出すために友達の下宿で徹夜でケーキを焼いたのも良い思い出です。

 

合唱で貴重な体験

卒業してからも合唱団に入り、ちょっと抜擢されてソウルオリンピックの前の音楽祭に連れて行ってもらうチャンスがありました。

その時初めて知ったのはオリンピックが運動だけではなく、音楽や美術の祭典でもあることです。合唱祭の最後に参加した6か国の合唱団全員でベートーヴェンの第9を歌いました。言葉の通じない国の人々が音楽を通じて一つになったのは感動でした。オリンピックの意義を肌で感じた時間でした。

ウィーンのニューイヤーコンサートにも行きました。(これは自腹。働き出して間もなかったので親に借金して行きました。)もちろん出演は元旦ではなく、4日目。

会場の楽友協会ホールは不思議なホールでした。まずはお客様が入っていないホールでリハーサルをしたのですがスグ隣の人の声が全然聴こえない!

みんなで「ひ~~!聴こえない!どうしよう!音程合わせられない!」とプチパニック状態。

ところが本番になってお客様が入ると、ホール中に音が響き渡ってとても気持ちよく歌えました。あんなホール後にも先にも楽友協会ホールだけです。

 

「樟の会」

吉田よし先生と門下生で開催している「樟の会」ピアノコンサートに第3回から参加しています。

会が若いころは管楽器や声楽のゲストを招いてのプログラムが多かったのですが、ある時期からはピアノアンサンブルだけでプログラムを組んでいます。連弾・2台4手・2台8手など様々な形でのアンサンブルが楽しめるコンサートになっています。

樟の会オリジナルの編曲で「展覧会の絵」を2台のピアノを8人のピアニストで演奏したのは本当に楽しかったですし(苦労も多かったですが...)、 大きな反響をいただきました。フィナーレの「キエフの大門」では2台12手(6人)で迫力のサウンドをお聴かせできたと思います。

 

和太鼓

最近、和太鼓を始めました。

ピアノに比べれば単一のリズムを叩くだけなので楽勝かと思いきや、リズムパターンだけで5分間演奏するって結構大変。

それに見せ方も大事なので腕の上げ方など、気を付けることばかりで難しいです。

でも、それが面白い!!!できないと悔しいし!!!

和太鼓とピアノはどちらも打楽器なので身体の使い方に共通点があります。

和太鼓を始めてからピアノを弾くのが楽になった部分が結構あります。

長く続けていけたらいいな、と思っています。(2020年春より腕に支障をきたしお休み中)

 

※ ピアノの分類は「有鍵打楽器」です。